• リン=コリンズ急逝(2005/04/01)

    というわけで、ブラウンファミリーの女性歌手として70年代前半から中頃にかけて活躍したリン=コリンズさんが、3月13日(日)夜にカリフォルニア州パサディナのハンティントン・メモリアル病院で56歳で死去しました。9日(水)に体調を崩して入院し、その時点で脳死状態となり、13日に生命維持装置を外して死去したとのこと。死因は、心臓の不整脈で、親友のマーサ=ハイが付き添っていたとのこと。

    コリンズは1948年6月12日(私と同じ誕生日です(^^;))にテキサス州レキシントン生まれ。ティーンエイジャーの頃から歌い始め、14歳でブラウンの地元のプロモーターをしていた男性と結婚した。その後、CHARLES PIKES & THE SCHOLARSというバンドで活動していたところがブラウンの目に留まり、70年からレヴューに参加した。単なるコーラスだけでなく、リード・シンガーとしても活躍し、72年のヒット、"THINK(ABOUT IT)"(PEOPLE 608)はビルボードのR&Bチャート9位に入るだけでなく、88年にヒップホップグループ、ROB BASE & DJ E-Z ROCKの"IT TAKES TWO"によってサンプリングされ、さらに彼女の名前を有名にした。76年にブラウンを離れた後は、ディオンヌ=ワーウィックやアル=グリーン、アイザック=ヘイズ等のバックコーラスを勤めていた。93年には、レゲエ・シンガーのパトラと一緒に"THINK(ABOUT IT)"のリメイク盤をリリ−スしている。近年までライヴを続けており、2月にはヨーロッパツアーを行ったばかりで、4月も再びツアーに出る予定であった。

    以上、AP通信ニュース、吉岡正晴氏の日記、ソウル大辞典等を参考に書きました。

    いやー、しかしビツクリしましたね。ちょっとコメントしづらいです。まさかリン=コリンズがこんなに早く死んでしまうとは、という気持ちです。まだ56歳ですからねえ。彼女について、公式的には上記の内容以上にコメントすることはありません。一度も会えないまま死去してしまったことが本当に残念で仕方がありません。いつか会える機会があったら、「私は、あなたと同じ誕生日なんですよ」と言いたかったのに・・・。

    彼女の歌声を初めて聞いたのは、80年代初頭のNHKのFM番組のソウル特集でした。その頃はブラウンを聞き始めたばかりで、ファミリーとか、そういう意識も全くなくて、たまたまエアチェックしたその番組(曲のクレジットは録音されておらず、アーティストが分からない状態のテープ)に"ROCK ME AGAIN AND AGAIN AND AGAIN AND AGAIN AND AGAIN AND AGAIN"(PEOPLE 641)が入っていたのです。勿論男性ヴォーカルはブラウンだと分かったのですが、女性は誰だ?と悩みました。パンチの効いたしゃがれ声なので、ミリー=ジャクスンかな、とか思ってたのですが、それがようやく分かったのは86年の"JAMES BROWN'S FUNKY PEOPLE"LPのリリースでした。そこで彼女の名前を認識してからは、80年代後半に、あれほどサンプリングされるようになるとは思ってもみませんでしたね。

    彼女は、73年のブラウンの初来日時にマーサ=ハイと一緒に来日しています。マーサとは最近のツアーでも一緒にやっているので本当に親友同士だったのでしょうね。その時の写真を八木カナさんに見せて頂いたことがあるのですが、アルバムジャケット等で見るよりは、可愛い感じでした。

    纏まりなくなってしまいましたが、彼女が居なければ、ミドルスクールのヒップホップの半分は今存在しなかったのではないでしょうか。彼女の功績を称えつつ、あらためてご冥福を祈りたいと思います。
    JET MAGAZINE広告より




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